昭和四十七年九月八日 朝の御理解
X御理解第二十九節 「桜の花の信心より、梅の花の信心をせよ。桜の花は早う散る。梅の花は苦労しておるから長う散らぬ。」
おかげ信心という事を言いますおかげを受けねばならんから、信心をする。今日はね、そういうおかげ信心を桜の花の信心、というように聞いて頂こうと思う。梅の花は苦労しているから長う散らぬと。梅の花の信心を。信心を頂くという事。おかげを頂くというのでなしに信心を頂く。言うなら御徳を頂く、力を頂くという信心。その御徳は、長う散らん。言うなら永劫。いついつ迄も徳は残る。あの世にも持って行ければこの世にも残しておける、というもの。けれども大体私は、お互いが桜の花の信心から入るんだと思うですねえ。
おかげを頂きたい頂きたいと、いう願いが信心になってくる。そして段々分からせて頂くところから、信心を頂く喜びと、御徳を積んでいく事の楽しみ、というものが出来てきて、いよいよ梅の花の信心がよいとおっしゃる。よい方を取らせて頂く事になる。だからどの辺からが桜の花でここからが、梅の花の信心という事は、ちょっと分かりにくいごたる。おかげも頂きたい。信心も頂きたいというようなところがあるからです。
初めの間は信心を頂こう等とは、誰でも思いません。おかげさえ頂きゃいい。もう自分の思いが成就しさえすればいい、というところから、それから段々御教えを頂いて参りますと。おかげを頂きたいという気持ちがなくなる訳ではない。けれども信心も頂きたい。そこんにきはもう、桜の花やら、梅の花やら分からないという時じゃないでしょうか。だからどこからが梅の花で、どれ迄が桜の花の信心だという事は、中々分からない。
昨日の御理解の中にもありましたように、その事をおかげにしたいと思う。それが大体信心初めの人の姿です。けれどもこれで信心を始終する人も沢山あるのです。その時その時にですね。いろんな問題がある、難儀がある。それをおかげにしたいと思う。ところがそんなら、神様は、どういう思いでおられるかと言うと。その事を通して力を与えようと思う。
これが神様の思いなんです。その事をおかげにしたいと思う。これが人間の心。ところが神様は、その事を通して力を与えたいと思われる。ですからおかげを頂きたいと言うて、熱心に参って来る。熱心に只参って来るけれども、その熱心さにほだされて、おかげを下さる。言うなら金光大神御取次の働きが、そういう信心は分かっていない。神様の思いは、その事を通して、信心を分からせたいと思われるのだけれども、只、おかげを頂きたい頂きたい、と言うて熱心に参って来るから、やはりその熱心さにほだされて、下さるのがおかげ。信心も出来ませんのにおかげを頂いてと。
神様は、実のところはその事を通して、力を受けてくれよ、御徳を受けてくれよ、と。でないと長う散らんという、あの世までも持って行けこの世にも残しておけるというような、大事な、大切な、ものになってこないのだと。そこからいわゆる理解申して聞かして下さる訳です。その事を通して、力を与えようと思う。その事をおかげに、したいと思う。もう全然道が違う。ですからもう全く、すりがう。神様の思いと、私共の思いというのは、すりおうてしまう訳です。
もうここのところの道理を分からせてもらうとですね。所謂神様とのピシャツとした出合いというものがね、所謂私はそれを交流と言う。通う、そのルートが真のおかげの交流の場になる訳です。真のおかげと言うのは、所謂、本当のおかげというのです。本当のおかげとは、どういう事かと言うと、所謂神様が下さろうとしておるおかげ。私共が頂きたいと思うておるおかげとは違う。それを夢にも思わんようなおかげという事になる。
昨日久留米の富田屋さんというあちらのお菓子部の主任をしておられる。私が久留米で一番いいお菓子だと、いつも言っておる九十九峰を作り出した職人さん。それがその、ある所から、自分が本当に尊敬出来る人が田川郡の方におられる。そこから、是非自分の所に来てくれないか、という話があっておると、‥‥迷うておる訳ですね。ですからその方が嫁さんのお母さんが時々参ってみえる。それでその話を聞いておられたので、お参りしてその事をお伺いにみえました。
『その事を神様にお取次させて頂きましたら、時なし大根ですか、あれは下がスポッとしてますもんね。言わば引き抜かれておられる訳です。スカウトされておられる訳です。けれども成程、向うへ行きゃ苦労はなかろうごたる。大根じゃから、ちょっとは楽になられようけれども、それでは本当のおかげにはならないと。まあ今の所が苦労ではあろうけれども今のまま、辛抱なさったらよかろうという事であった。成程、御指示の通り辛抱される事になればです。成程、合楽の先生が言うておられたように、辛抱したからよかったという位なものはありましょう。
けれども只の辛抱ではいけませんよ。まあこれを御神縁にひとつ、神様を頂いての辛抱、神様任せになっての辛抱、という事になると、それは夢にも思わなかったようなおかげ。例えばゴボウという野菜は、長い、しかも真っ黒しとる。言うなら長う苦労しとる。長う苦労してるから、使い道が広い。日常のお惣菜にもよい仏事とか、祝いとかいう時でも、必ずゴボウはなからなければならんという程しの、まあ野菜である。
この人におってもらわなければ出来ないと、いう貴重な存在にならせて頂かなければならん。しかもこの人になら何をさせても何を任せてもよいと言われる位な信用も受けなければならない。だから今引き抜かれておる。その引き抜かれておるという事がもう痛く心に感じられたらしい。もう何か、本当に、易者にでも聞くごたる気持ちで、来られたような感じでしたけれども。まあ言うならばです、生き生きとして私の言う事を聞かれる姿勢をとられるのです。ですから只の辛抱ではなくて、いわゆる信心辛抱をこれからなさる事になればです。
いよいよ信心辛抱の徳が身につくという事になって、言わば夢にも思わなかったようなおかげ。私共が願っておるようなおかげではなくて、夢にも思わなかったようなおかげが、展開してくるだろうと言うて、お取次をさせて頂いた事でした。』大体それだけの事ですけれども。それが自分の事になりますと、中々そうはいきません。もう今すぐ楽になる方を、取ろうごとある。後の事を考えたらもう本当に、神様の仰せ通りにつかまつらせて頂かねばいけんのです。『昨日もある方が娘が妊娠のおかげを頂いておると、それで三人目ですからもう要らんという訳です。けれども合楽の先生にお伺いして下さい、そうしてから決めようとまあこういう訳です。
そしたらそのまま頂いたら勝つんだという、言うならこのまま頂いた方が、将来の為に、将来は勝つとか負けるとか言うなら、必ず勝利のおかげが頂けると頂いた。だから私は親子共々の御神米と、今頂いた事を書いてから、渡してやりました。ところが昨夜本人達が参って来た。家族中で、親子四人で、‥‥そして実はその、取りたいという訳なのです。その子を流したいとこういう訳なんです。だから、そんならそれのごと、折角頂きましたけれども、こんな訳ですからと言や取るようにお願いするのに、どうしたならよかろうか、と言うけん、そんならそのまま持たせろと言うだけの事。これなんかはもう確かに、今取れば楽ですね、母親は。
けれども、これが十年たち、二十年たち、していっておるうちにです。はあ本当にこれを、あの時の苦労を、させて頂いた、育てる時には、あんな苦労もあったけれども、この子のおかげでという、おかげがこれは最後の勝利です。けれどももうほとんどの人が、目先が楽になる事だけしか考えん。先の事は分からん。』成程、私には七人もの子供がおる。それが今考えてみると、どの一人がおらなくても、困る感じです。もうその七人の子供が、もうそれぞれに、ははあこの子は、こういうところにお役に立っている。この人はここにおらなければ困ると、いうような調子なんです。
もう言うなら親の手になり足になって、くれておるという事です。手になり足になるという事はないけれども、それはそれだけの事だけれどもです。私共が言わば難儀の時ですから、もうこんなには育てきらんと言うて、まあ二人か三人に、して、楽にしとったら、今日の合楽の例えば動きというものに、支障をきたす程にある。それこそ今取る事は楽ですけれども、それこそこげな無碍な事はなか訳です。無碍な事というのは、花が咲かないという事。本当の花が。それを最近の人達は出来んごと括ってしもうたというごだる風で、もう残念残念。
しかも合楽で熱心な信心頂いておる連中が、それを平気でやる。先にいよいよ大きな繁盛のおかげを頂く為に、も神様が下さるものだけは頂こうという姿勢とるなら絶対のおかげになる。そればってんああた、子供が出来そこのうてから、苦労しとる親がある、と。それは信心のない話なんです。神様のおかげを頂いて、しかも御神意のまにまに、頂かしてもらう。
佐田さん所の今の恵介君がそうでした。次々と娘ばかりだから三人目は取るという。だから今度は頂かにゃいけんばい、と言うたのが恵介君。初めて佐田の家の跡継ぎが出来た。これから又いよいよおかげの方へ展開していくでしょうけれども。そん時取ったら楽ではあろうけれども、言わば神様の願いが成就する事の大邪魔をする事になる。その事を通して、力を与えようとなさるのですから、それを頂こうとする、姿勢、そういう姿勢がです。私は梅の花の信心じゃなかろうかとこう思う。
そん時は辛抱がいる。しかも信心して、信心辛抱させて頂くのですから、それが花ともなり鶯が来て止まるという時代になり、花は散るけれどもそれが実りになり、それが梅干しともなるという、ようにです。いつ迄置いても、悪くならないといったような、いわゆる長う散らん。永劫のおかげにつながっていく訳です。ですからどうでもここのところの信心をです。桜の花の信心から、言わば梅の花の信心に移っていくところのおかげを頂かなければならない。それも段階というものがね。
小学校は小学校なりに、中学は中学なり大学は大学なりに、梅の花の信心がある訳です。だから私共もそこんところの、桜の花の信心、梅の花の信心、と言うて、繰り返し繰り返し、来とる訳でございますけれども。現在私が通らなければならないところは、梅の花の信心に移行していかなければならないなあというところに私自身もあると、今朝から、私、思わせて頂いておるのです。
『というのはね、今朝、私御神前に出らして頂きましたら、「藤山寛美」という事を頂いた。喜劇俳優がおりますねえ。まあ、この人は、この人くらい間を持てれる役者は、歌舞伎役者新派の役者を通して、後にも先にも出るまいと言われる位に、劇評家がほめちぎってますね。もう確かに、素晴らしいですね。もう名人。そういう意味で私と、まあ私が名人という訳じゃないですけれども、何とはなしに似かよったものを持っている。
今頃から、テレビで、「藤山寛美をめぐる五人の女」というのがあっておりました。それに、この人は、役者一番の大きな借金を持っておる、と言われておる。もう借金でとうとう役者も止めんならんという時代があったのですよね、一、二年前。それはもう莫大な借金を負ってる訳です。今ようやく座長で段々稼ぎが出来ていくという、事ですけれども、今でも相当の借金を背負い込んでおる訳なんです。そういうところも成程似てる訳なんですねえ。
おそらく金光様の先生で私くらい借金を持っとる者は、おらんかもしれん。それこそ日本一じゃろうと思います。それは成程、私が借金しとるとじゃない神様の銀行からのお金を使っとると言うてもです。神様の金を使っとるという事ですけれども。本当言うたら、銀行に預金してあるのを使うというのがほんなものじゃないでしょうか。それこそ、普通から言うたらびっくりするごたる金利を払わんならん。だから借金を持っておるという意味でなら、藤山寛美によう似かよっておるところを、今日はお知らせ下さったなあと思いました。
藤山寛美というこの字から言うても、成程、私と似かよったものを感じられるでしょう。ですからね、現在私が、私も桜の花の信心から梅の花の信心、繰り返し繰り返し、していくうちに、そんなら幼稚園から小学校、小学校から中学校、という風に段々おかげを頂いておる訳です。段階が進んでおる。けれども、今私がもし大学校に行っとるとするなら、大学の信心をしよるけれども。現在はまだ、桜の花の信心だという事になるのじゃないでしょうか。
ですからこれが梅の花の信心にスッキリ、ならせて頂いた時こそが、借金の日本一じゃなくて、本当の意味に於ての日本一というおかげになる事が、これが神様の願いなんです。ですから同じ藤山であっても、日本一の富士の山というあの、上の方へ出たところの富士の山でなからにゃ出来ん。成程下からこう見上げられる事は見上げられますよね。富士の山でも藤の花でも。藤の花が下がっとるのを上から見る者はおらん。やっぱ下から、素晴らしいと言うて見る訳です。
同じ下から見上げられるでも、藤の花は下へ下へと下がっていく。富士の山と言うなら、一歩一歩上へ登っていく、という花。私は今日はそういう事を頂いて、ははあ梅の花の信心梅の花の信心と言うけれども。現在の時点に於ては、私はまだ桜の花の信心だなあと思わせて頂いた。』そんならば梅の花の信心とはどういう信心させて頂いたならば、梅の花の信心になるだろうか、という事。
昨日総代会がありましたが、昨日は初めて、十人の総代さんが全部集まりました。堤さんが今入院しておられますけれども、息子さんの清さんが来とりましたから、皆んな揃うて、もう今月は、総会があります。十三日会、総会それから、霊祭があります。それから誕生祭があります。もういよいよ総代さん方は大わらわの、月である。しかもその次の月には、いよいよ五年の記念祭、という大きなお祭りが《控えて》おる。
ところがその今年は何と言うても、この御造営の事についてでもそうですけれども。記念祭がもう後ひと月後だと言うのに、ひとっつもその盛り上がりというものを感じない。もうこれは不思議なくらい。これはいよいよ神様が、私に、信心辛抱、梅の花、辛抱を求めておられる、のだなと思わずにはおられません。ところが三、四日前でした。琴の糸のお供えを、したいと言うて、お金を二万円、お供えしてあるのを先日から聞かせて頂きましてから、しかも思いもかけない人がお供えしてる。そん時に、ははあこれから、リズムが出るな、調子が出るな、と思いました。だから、一番初めに、神様はそういう、不思議な働きを見せて下さる。
昨日は徹君が紋付袴でそこで御祈念しよりましたもんねえ。どうした風の吹きまわしじゃろうかと思いよったら、昨日からあそこは展示会があっておる。それでその事のお願いのある事もさる事ながら、展示会が終りましたら、打ち込んで、記念祭の為の御用に、その翌日から出てくるという事を若先生に言うたという事を聞きましてね。もう本当に、その身から打ち込んで、そんなら記念祭の為に、填ろうという、例えばそういうしるしが見えてきた。
そこで総代さん方どうでしょうか。私が今、信心が出来ておるなら、あんた方に言いもせん、頼みもせん、けれども、実際は、私の手足というものが、何かこう中風にでも会ったように、自由自在に、きかない状態を、自分で自覚しておる。そこでこれは皆さんにお願いしなきゃならんのですから、ひとつよろしくお願いしますという話からです。高芝さんが言われる。「先生、大体その盛り上がりちゃ何ですか」、と「盛り上がりちゃ盛り上がりくさい」と私が。成程そげん言うたものの、ほんに分からんですもんね。盛り上がりちゃどげなこつですか、と。
そこで私は高芝さんに申しました。盛り上がりとはどういう事じゃろうか、盛り上がりとはどういう事じゃろうかと明けても暮れても思う事じゃろうのと私が申しました。それが集まった時が盛り上がり。皆んながそげん思う時。そんなら今日からそげん思やよかですねという訳です。‥‥そうなんです。それが総代だけじゃない。総代を中心になって、生き生きとした活動が始まると、その後に続く人達も皆んな、生き生きしたものが生まれてくるに違いない。その言わばクライマックスというのが、五年の記念祭という当日にならなければならない。
神様は、何とはなしにもう、一つの調子が出て来ておる。何事でもそう、歌を歌うでも浪花節でもそう、影の三筋というその三筋の糸に操られるから、出らん声も出るのである。お互いに無い力でも出そうとするなら、このリズムに乗らなければ、本当の調子というものは出てこない。けれどもそれを気付きもしなければ、盛り上がりとはどういう事だろうかとも思わないような事であっては、どんなにここにリズムが奏でられておっても、そのリズムの音(ね)そのものにですら聞き入る事の出来ない事になってくるのです。だからその根本になるものはです。
そんな現在、私に神様が求めておられるであろうと思われる藤山寛美をです。藤の花の藤ではなくて、山の富士を目指さなければならない時にあるなあ。信心辛抱のいわゆる梅の花の信心に移行していく。変っていくところのその岐路に立っておるような感じがするのです。そこで皆さんは皆さんなりにです。幼稚園の人もあろう。中学の人もあろう。それぞれの時点でね、梅の花の信心とは、梅の花の信心とはと思うてみる。そんならば記念祭をどうしたならばどうしたならばと、思うてみる。
昨日朝でした。お届けを一応終っておりましたら、熊谷さんの弟さんであります、金島の、福岡の西日本に大学を出られて直ぐお勤めになって、今は止められてお百姓をやっておられます。中々のまあ好人物なんです。だから私どんもう、正直一途で行きよるとじゃけんで、神様やら信心せんでもよか、とこういう訳ですけれども。お姉さんの熊谷さんが里に帰られるたんびに信心の話をされるから、姉さん、私しゃそればって信心するなら合楽に参る。私しゃもう合楽の先生が大好きだとこう言われる。
ここの御造営の時分に、あちらのうち辺でよかなら、うちの田圃を提供したっちゃよか、と言われる位にある、方が昨日お参りしてあそこで御理解を頂いておられます。一緒にここに出てみえてから久し振りにいろいろ話させて頂くうちに、本当に私は合楽は有難いと思います事をね。こうしてお参りをしておる信者は僅かであるけれども。それにつながる合楽の言うなら影の応援者というのが多いので非常に心強いと思います。という話をした事でした。信心な私どんそげん悪い事せんけん信心なせんでいいばってんか、せにゃんならんごたる時には私は合楽に参る。私は合楽の先生が大好きだと、こういう訳です。
そういう例えば、そんならここのバスで毎日通うておられる方達の中に、一遍合楽には参ってみたいという人が沢山ある事を聞いております。一遍参ってみようと思うとると、何かだから切っ掛けが出来たら、参ろうと思うておる人、又は影ながらです。参りはせんけれども、お参りするなら合楽の金光様、という風に祈りと迄はいかんでも、思うておって下さる人が皆さんの周囲に沢山あるという事。大祭ともなるとだから全然思いもかけない人が沢山顔が見えるでしょう。
お初穂整理する時に、こらどこの人じゃろうかという人が沢山あるのですよ。だからそういう人達はもう縁を頂いておるようなものなんです。ですから皆さんの周囲を見るとです。そういう人が沢山あるです。だから私は天理教の言葉じゃないけれども。そういう人達に対する、ところのにおいかけというものを、なされなければいけませんよ。私はにおいかけというのはどういう事か知りませんけれども。パッとこう信心の話をしとくというのです先に。十月の二十日は、合楽の御大祭ですけん。そん時は、どうでんこうでん、参って下さい。改めて御案内は又持って来ますけんと、いうような話でもしとくという事なんです。
そういう働きがです。今はもう実を言うたら、どんどんあっておらなければならない時だ。昨夜の御祈念に熊谷さんが参ってみえて、昨日先生あれから弟がしやっちそこの合楽食堂に寄ると言う、何か冷たいものなっとん出そうという訳でしょう。それからあちらへやらせて頂いて、もう一生懸命信心話をしょったら、おばあさんの里が吉木の大きな植木屋さんです。そこの植木屋さん達が、息子が来た親父が来たで親子連れで来た。それでおばしゃまというごたる風で、それでまあ一生懸命信心話になってから、私も信心させて頂かにゃと、昔ああし善導寺に御縁を頂いとって、家には金光様がお祀りしてあるという訳です。
だからどうでんこうでん私もちったゆっくりなったならば、合楽にお参りさせてもらおうと。ゆっくりなんてん言わずに、兎に角おかげ頂きなさいと言うて、もう期せずしてそこに五、六人のそれに中村さん迄も加わって、信心話をしたと。もう一生懸命においかけがあってる訳です。自分ながら知らんなりに、気付かんなりに。そして帰りにもうバスに乗ったところが、妹がここの西郷の村に嫁入って来ちゃる。娘の時はよう参って来たです。
その方のすぐ隣の人が一緒に乗ってあったから、五百子さんと言いますから五百子にいっちょお参りをするごつ言うて下さい。記念祭も近ずこるけん、と言うてことずけをしたとこう言われる。もう何時間かの間に、そういう働きを、感じ、そして、そのにおいかけが出来たという事なんです。だから皆さんの周囲にもです。例えばそんなら一人の中に、十人のにおいかけが出来たとするならばです。百人皆さんが参った時には、千人のお参りがある事になりましょうが。
昨日も総代さん方に申しました。折角向うに百畳敷が出来たんだ。それがガランとしとったんじゃ、本当に神様に対してもあいすまん、じゃないか。そういう例えばにおいかけでもよいから集まって来る人達が、記念祭には、そうなら二百畳のお広前が一杯になる、というようなね。溢れるような、おかげを頂く為には、もうぼちぼちその、言わば盛り上がりとはどういう事じゃろうか、においかけとはどういう事じゃろうかと、いうようなね。信心が出来かけなければならない時ではなかろうか、と言うて昨夜話した事です。
お互いの言わば桜の花の信心から、梅の花の信心と皆さんも、そういう様々な過程を通られたが、もう一つ新たな梅の花の信心。今より高度な、意味合いに於ての梅の花の信心がなされなければならない。そして私はぎりぎりそんならどういう、信心を身につけていくかと言うとです。その事を通して力を与えて下さろう、とする神様の心になって、この事を通して信心を分からせて下さい力を与えて下さいというような信心。しかも信心辛抱をね、なされなければいけない。
今、もう楽になりたい等という安易な気持ちは、段々なくなっていかなければいけない。いわゆる移行してゆかなければならない。純粋な梅の花の信心という事はなかなかでしょうけれども。それが桜の花の信心よりも、梅の花の信心の方が濃厚になってきた。思いが強くなってきた、という信心にはならなければいけないと思う。桜の花の信心。そらもうかいかけんでがしがし掻く。これは桜の花の信心だと言われておる。それをじっと辛抱しながらです。神様の思いを分からせてもらう。それが信心辛抱だと言われる。
だからかいか時掻く方がそれは、楽な事は楽、気持ちええ、けれどもそこんところにです、じっと辛抱する、楽しみこれが信心辛抱の徳になるじゃろうか、力になるじゃろうかと、思わせて頂くような信心にです、なってゆかなければいけない。これは私も今日を境に、藤の花の藤山寛美じゃなくて、山の富士山寛美を目指させて頂こうと思う。その事から今日の御理解を頂きました訳ですけれども。本当に、日本一の‥‥。
確かに金光様の先生では、借金を持っておるという事では日本一だろうと思うです。けれどもそういう借金を持たして頂けるという事は、私は実に有難い。だからこの持っておる間に本気で、力を受けておかなければいけない。そして今度はもっともっと少しましな有難い意味に於ての日本一を目指さなければと思うております。どうぞ。